久之浜ひさのはま【福島県いわき市久之浜町久之浜字東町】

久之浜、追悼式

竜田駅から久ノ浜駅へ。
午後2時12分。
久之浜の追悼式の会場となっている海岸沿いの広大なかさ上げされた土地の上には、すでに多くの人達が集まっていた。

昨年はかさ上げする前の更地化した『底』で追悼式が行われたため、海は見えない状態だったのが、今回は海を見下ろす形となった。
昨年の8月は立ち入る事はできず、10月は立ち寄る時間も無かった事から、この場所に経つのは1年ぶりとなったけれど、こんな高さになるとは思わなかったのでびっくり。

なじみの人たちと挨拶を交わし、献花台に花を供える。
献花台には多くの花。

例年通り、お経を唱えながら僧侶の方たちがやってきた。
お経を唱えながらやってくる僧侶たち
かさ上げされた堤防の上に経つ高校生たち
そして“その時間”がやって来た。

この地から祈りを捧げる。
5年前のこの時間から始まる混乱、
亡くなった方たちへの想い、生き残る事ができた方たちへの応援、
未来への願い―。
午後2時46分
久之浜、追悼式
久之浜、追悼式
久之浜、追悼式
久之浜、追悼式
久之浜、追悼式
久之浜の海
殿上崎(とのがみさき)
四倉方面を望む
波立(はったち)海岸
防潮堤
秋義神社は場所も高さも変えないため、こちらも見下ろす形となっていた。
秋義神社
津守神社
殿上崎(とのがみさき)
久之浜公民館
防潮堤の松の苗
写真を撮っていると、高校生たちが「これだけ人が集まってるから芸能人とか来ないかな〜。」と冗談を言い合っているのが聞こえたけれど、さすがに必ずしも自分の意志で「来たい!」と思って来たのではなく授業の一環であったりすると、そんな風に思っても仕方ないだろう。

『語り部』の人たちからどんなに被災した当時の様子を聞いても、この『広大な工事現場にしか見えない場所』で、今立っている位置に津波が押し寄せ、家々が流されたとは分からない。

それでも語り部の人たちの「想像して下さい。」という言葉だけは忘れないでいて欲しい。いつか自分の意志でここに来る機会ができたら、その時に見える景色は全く違うはずだから…。
浜風商店街
追悼式を終えた後は、いつも通り『浜風商店街』へ。
どうやら午前中、追悼式の前に団体が来ていたようで、静かになっていたが、『からすや』さんではほぼ席が埋まっていた。
今日の遅めの昼ごはんはチャーハン。いつもながら美味い!
『からすや』さんのチャーハン
追悼式の行われたあの場所にはこれから新しい商業施設『浜風きらら』が建設される。
そこには生鮮食料品販売店、ラーメン店などが入る予定となっているので『からすや』さんの移転は決まったの?と聞いてみると、『浜風きらら』はこの『浜風商店街』をそのまま継いだものではなく、その全てが新規の店舗であるそうだ。『浜風商店街』自体は『仮設』であるがため、敷地を小学校に返し、おそらく来年には終了するという。
では現在ここにあるお店はどうなるかと言えば、個々で自力再建する事になるそうだ。

『浜風きらら』は商工会としては道の駅のような存在を目指しているようだ。
道の駅という形を目指す、という事は客は国道6号線を通る車に乗る外の人達であり、久之浜に住む人々では無い、という事なのか…?
『浜風商店街』というコミュニティが出来上がった事もあり、非常に残念な話でならない…。

よく言われる、“復興と復旧は違う”という言葉が今更ながら胸に突き刺さる。
住む人々と“復興”とのズレ。
今から5年、10年、20年経ち、その時どんな浜通りの姿を見る事になるのだろう…?

『浜風商店街』が終了するその日まで、通い続けたい。
からすや食堂・遠藤夫妻
浜風商店街
久ノ浜駅
久ノ浜駅
いわき駅に着くと、ペデストリアンデッキで『いわき光のさくらまつり 復興祈念点灯式』が行われていた。
明かりの色は桜をイメージしたものだそうで、中央の通りが美しく照らされていた。
いわき駅・いわき光のさくらまつり復興祈念点灯式
いわき駅・いわき光のさくらまつり復興祈念点灯式
いわき駅・いわき光のさくらまつり復興祈念点灯式
いわき駅
いわき駅
帰りの列車の席に着くと、いつも切ない気持ちになる。
次は桜が咲く頃に、また…!

(了)

2016.3.11